#8's notebook

適当めも

貧困の心理

'Some Consequences of Having Too Little' Shah AK et al., Science, 2012

'On the psychology of poverty' Haushofer J et al., Science, 2014

サイエンス誌の貧困に関する社会心理スタディーから。これまで貧困というのは社会制度の問題でしょう、と捉えられることが多く、また貧困から抜け出せないのは本人のやる気の問題でしょう、と切り捨てられることが多かったのだけど、必ずしもそれだけではないという考えが少しずつ出てきている。なぜ貧困に陥るのか、なぜ社会制度を充実させることがすべての人を救えないのか、そして何をすべきなのか、ここに挙げたような心理学的側面に加え、今後は神経科学的な側面、つまり脳内情報処理機構の変容や神経伝達物質動態なども含めて検討が進められるべきだろう。

まず一本目、これは貧困に伴うScarcityという状態そのものが注意のアロケーションを変化させる可能性を検討したもの。貧困から抜けられない理由として、一般的な考えとしてはそもそもアタマの悪い(不合理な傾向のある)人が貧困に陥るのだとか、情報へのアクセスが制限されてしまうことなどが挙げられるが、そうではない純粋な環境による影響を検討したものである。

貧乏な人は、日々の食費、家賃などを重視せざるを得ない。遠い将来のことを考える余裕はなく、利率が悪くても手続きが楽なローン(Short-term, high-interest)を組みがちである。これは貧乏人に限った話ではなく、今週いっぱいの締切に原稿を間に合わせるために来週のレクチャーの準備をおろそかにしてしまうようなものだ。実際、この研究では被験者をランダムに貧乏人群と金持ち群に振り分け、仮想のお金を渡し、それでやりくりする中でのお金の使い方、借金の様子を調べており、これらの事象をまさに再現している。

続いて2本目であるが、こちらも同様に貧困による心理学的変化が経済行動を変化させ、貧困からの脱出を困難にしている可能性を検討している。1本目とは少し違う観点から、貧困によるストレス、マイナス思考が注意力の減衰、目標指向的な行動の低下、近視眼的(Short-sighted)行動、リスク回避行動などに繋がると結論している。ストレスが影響因子である証拠として、コルチゾル投与における時間割引課題の成績変化を検討している。

貧困の問題は従来言われてきた通り社会的側面が非常に強く、また個々の教育歴や知的水準に問題がある場合も多い。一方で、貧困という環境へ身体が順応してしまうことそのものが問題となっていることも、事実としてあるだろう。

以前コンビニで買った本で、日雇い労働を1か月体験してみたという潜入ルポものがあった。そこで著者は、わずか数週間の間に、今日や明日の泊まるところはどうするか、どれだけ安く食べるかなど注意するべき方向性が変わり、外見などの体裁は徐々に気にならなくなるような注意のアロケーションの変化を体験したようである。また、同じ人と継続的に働くわけではないので熟慮的なコミュニケーションが減少し、相手を見下したり乱暴な言葉を吐くことも増えたようだった。建設的な人間関係を構築することは不可能で、当然ストレスも蓄積される。こういった変化は、まさに社会的に不可逆な変容を起こし、たとえば行政に頼る、職業訓練を自発的に受けるといったことを難しくしてしまう。